2日前に投稿
kami_joe @kami_joe999
また福島瑞穂が重国籍の容認に関する請願とかとんでもないもん出してるよ~国籍、国籍、口を開けば、国籍、国籍、ほんと国籍乞食ですね。そんなに国籍ガ━言ってる人どこにいるんだよ。誰のための政治家なんだお前は。聞くまでもないけど(-_-;)
2014年4月16日 5:18 PM
2日前に投稿

◆座礁した直接の原因は、ショートカット?
何やら信じ難い情報が。

濃霧で出航が遅れる

遅れを取り戻すため、航路を外れショートカット

座礁

えっただのバカじゃん!?
定期フェリーのくせに航路外れるとかありえないし。
単なる船員の操縦ミス、判断ミスでしょうが。

◆事故った後がまた酷い。
座礁したからってそう簡単にひっくり返るかな?と思っていたら
客を避難させず、救難信号も出さずに離岸を試みたと。
船長も休暇で不在、この時は代理だったらしい。
で、見事に失敗しドボン。
自分さえ助かればどうでもいいので我先に逃げる船員。
救命ボートに我先と乗ったため誰も避難誘導しない。
取り残される乗客。脱出失敗し船と共に沈没と…。

◆漁船と競争だと??
船長代理、乗客の生徒に煽られて漁船とレースやったらしい。
その結果「最高速で」岩礁にぶち当たったとか。
そりゃ簡単に穴も空くわ、じゃんじゃん浸水するわで、
もうバカかとアホかと…。

◆もう一度まとめると…。
本来の船長は休暇で不在、船長代理が操船

出航が2時間遅れたので、航路を外れショートカット

岩礁に突っ込み座礁

客を避難させずに離岸を試みて失敗しドボン

船員が我先にと救命ボートで脱出。避難誘導一切なく乗客放置

数分で沈没、280人超が船と運命を共に

日本が悪いニダ!!客船が日本製だったニダ!! ← いまここ

…おい誰か救命ボートを魚雷で殲滅しろ…こいつら殺人犯だぞ

◆2ch
・これマジ??
・ただのバカじゃねえか
・救難信号なかった?バカなの?しぬの?
・船長が真っ先に逃げたから起きた悲劇
・キチガイの極みだな
・日本なら半分以上は助かってるはず

◆犠牲者は300人レベルなの??
今はまだ4人となっているけど、
「安否確認が取れていないのは280人を超えている」
この280人超は今どこにいるんですか??船内ですか?
これアシアナ事故の比じゃないくらいヤバイだろ。
くるぞ…。いつもの「アレ」が…。

参考スレ:【韓国】旅客船沈没事故、大惨事の恐れ 4人死亡55人重軽傷、不明290人 救助集計手違い 生存者「すぐに避難案内していれば」★11
ttp://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1397650525/
【国際】韓国477人乗り旅客船沈没 2人死亡・290人不明 救助集計に手違い 生存者「すぐに避難案内していれば」 日本人乗客なし ★9
ttp://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1397644575/
【国際】韓国旅客船沈没事故、大惨事の恐れも 死者2人、不明293人 救助集計に手違い 生存者「すぐに避難案内していれば」★9
ttp://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1397644372/

6日前に投稿

公安と自衛隊。反撃のコラボ:余命3年時事日記
http://kt-yh6494.blog.so-net.ne.jp/2013-10-28

2009年朝鮮民主党政権となって国体護持機関である公安と自衛隊はがたがたにされた。

極秘事項はたれ流し、軍事機密も危機的状況に陥った。公安は組織が壊滅状態となったが小沢を押さえ込んで息をつなぎ、自衛隊は2011年管政権の北朝鮮献金疑惑、2012年日韓防衛条約の2回のクーデター危機を乗り越えた。

2011年は直前に東日本大震災に襲われ、2012年は締結直前に韓国側の都合で締結が中止され回避されたのだ。年末の衆議院議員選挙の時点では自衛隊は完璧に切れていた。結果次第では確実にクーデターが起きていただろう。関係者の誰もが知らないふりをして何も言わないが誰でもが知っていることだ。

安倍政権となり、直ちに公安の立て直しとともに、自衛隊の組織改編が実施された。反日勢力を排除し、今後もブロックする防衛省人事と,海上保安庁人事である。現場叩きあげ、制服組をトップに据えたのだ。

安倍は朝鮮傀儡政党である民主党勢力を一掃し、また制服組の意向をとりいれて文官が主導してきた自衛隊の運営・管理を制服組の担当に移す方針を確定させ、自衛隊の運営管理権を持つ文民官僚中心の防衛省運用企画局を廃止し、自衛官だけからなる統合幕僚監部にすべての権限を一元化することにしたのだ。

これによってたとえ売国奴政権であっても、その政権に国体が影響を受けない国防スタイルが確立した。そしてまた安倍は、沿岸警備に責任を持つ海上保安庁長官に、佐藤雄二海上保安監を任命した。これまで海上保安庁長官には国土交通省出身の官僚が任命されており海上保安庁内部からの昇進は初めてだという。

安倍は凄まじい執念で万一、自分が暗殺されても国体が護持できる形を作り上げたのだ。
・・・

6日前に投稿

ところで国家機密たれ流しについて少々。遺稿記事におもしろいものを見つけました。防衛省機密漏洩問題で福山哲朗が自爆質問をいたしましたが、民主党政権時の国家機密たれ流しは全省庁に及んでいました。その中での公安の機密漏洩のお話です。

「×印をつけた日の丸を背景に反日スピーチをする岡崎トミ子という参院議員がなんと国家公安委員長なんて時代があった。IDぶら下げた左翼が公安内を闊歩し、国家機密を堂々と持ち出していたのだ。当の岡崎は何をどのように持ち出し、誰に流していたのかは知らなかったようだが、回り回って当人に日本を貶め仇なすチェックリストが回ってきた時絶句した。まさに笑い話。国家公安委員長たる自分の名前がのっていたからだ。

民主党幹部は閲覧後、まず人数の多さに驚き、そして自分たちの名前が並んでいるのにどう対処したらいいのか途方に暮れたと聞いている。いろいろ状況証拠を集めてみると、民主党組織全体で機密漏洩ということではなかったようだ。民主党組織は反自民寄せ集め政党であるから、左も極左も一緒で、どうも彼らの仕業だったらしい。

この件、民主党でただ一人記載されていない大物がいた。小沢一郎だ。なんであいつだけが....という内輪もめがあったそうな。」
・・・

1週間前に投稿

○小保方氏が会見 「STAP細胞は真実」

「あの、まず、科学の前に、今回の会見での記者の方々の質問ぶり、ぼくは非常に納得できなかったです。(岡安アナ:どういう部分でしょうか?)あの、視聴者、国民で感じられた方多いと思うんですが、ぼくは20年、自分も記者やった経験踏まえて言うと、はっきり、女性研究者に対する偏見は感じられました。1月には、若い女性研究者が大手柄ということでもてはやしておきながら、手のひらを返したように、今日は相手が若い女性研究者、弁護士はいるけれども実質的にひとりで出てきたというので、まぁ、なんと言いますか、舐めたような質問というか、本質を外した、興味本位の質問にもぼくは感じられ、それから例えば、日経新聞ですと名乗った男性記者が、じゃあ、私は優しく聞きましょう、こういう言い方でしたよ。その記者諸君が、例えば安倍総理とか権力者が会見するときにそんなこと言うんですか?だから、お上に対してはへりくだっていながら、相手が打たれ続けている若い女性研究者となったら手のひらを返して、2時間以上も続けるっていうのはまぁ、2時間以上も国民の方が生中継見られたかどうかはわかりませんけれども、まずメディアの取り上げ方ぶりに不信感を持ったと思いますね。
で、その上でですね、記者会見はじつは、ぼくももちろん重大な関心をもって見てましたけれども、求められることはほんとうはふたつだけなんですよ。ふたつのことを提示できるかどうかだけであって、ひとつはほんものの画像です。それからもうひとつは、実験ノートを含めて、どうやったら再現できるのか、それプロトコルって言うんです。プロトコルはこの場合は、科学実験の手順という意味ですね。この二点さえ示されたら、、もう小保方晴子さんもあれこれ言う必要はまったくないんです。(岡安アナ:確かにそれですべての疑念が晴れるわけですね?)はい。
で、しかも、今回の記者会見がこれだけ長時間やっても何も解決しなかったもうひとつの理由は、小保方さんご自身にもあります。さっきは記者の批判しましたけれども、小保方さんを見てても、なぜふたつを出さないのか理由がまったくわからないです。もう一回言いますが、記者の責任もあるんですよ、なぜかと言うと、画像があれほど彼女の、小保方晴子さんの表現によると、数えきれないぐらいっていう趣旨のこと言われましたよね?(岡安アナ:1000枚はあるっていうふうに仰ってましたよね。)それは数えきれないほどあるっていう意味ですよね?で、なのに、なぜこの場に1枚もないんですか?っていうことをついに記者の側からはっきり聞かなかったですね。それを会見の仕切りがどうこうって言ってもしょうがない、それはこの記者聞けなかったら次の記者が聞けばいいんだし、同じ社で聞いている人もいるんだから。で、同時に小保方さんは、それだけある画像であればですね、取り違えて論文に掲載してしまったっていう、そうじゃないほんものの画像をあそこで示していただければ、それを世界中の研究者が見ることができますから、テレビを通してでも。それで、もう言葉が要らなくなる。
それからもうひとつは、再現できた人がいると、インディペンデントの実験でやった人がいると、その言い方、インディペンデントはふつうは独立のっていう意味ですけど、要するにわたしたち利害関係のない、(村西アナ:第三者の)まぁ中立的な
研究者がちゃんとやってますってことを仰った、小保方さん、仰いましたね?それだったらその方の事前同意を得ていて、当然それを発表すべきだし、もしその方の事前同意がなかったのであれば、その、ノートもたくさんあるって仰ってたから、たくさんっていうか、他にもあるって仰っているんですよね?理研に提出した2冊でなくてノートあるって仰っているから、ノートを出せば言い訳ですよ。このノートですと。で、その中に例えばここにこうやってプロトコルが書いてありますと。で、そのプロトコル、手順については小保方さん自身が、ごくちいさな工夫でできたって趣旨のこと仰っているんですから、科学の言葉で書いてあってもいいんですよ。それが画面に映って、研究者に伝わると、その実験をやろうという人が世界に必ず、日本にも必ずいます。例えば、京都大学で今奮闘している山中先生にお願いしてやってもらうこともちろんあり得るわけですよ。で、それなのに、そのプロトコルの中身を一切仰らないのは、一体どういうわけなのか。

(岡安アナ:確かに、まぁどんな事情があるのかわかりませんが、その証拠をわたしたちが目に出来ない以上、なかなかこれ信じるわけにはいかないですよね?)

はい、そうなんです。それで、ぼくはもちろん第三者ですけれども、研究所の社長です。で、うちは理系と文系両方あります。したがって理系の論文をぼくは日常的に自分の目で精査して世の中に出していってます。で、その論文というのはですね、科学者の中で争いがあるんです、みなさん思っている以上に手柄争いがあります。しかし、それは同時に、むしろ、論文が一旦発表されてしまうとそれは確定で、このSTAP細胞に関しては、小保方晴子さんがリーダーとして論文出したことはもう確定しているんで、その瞬間にひっくり返るんですよ、それまでの話が。何がひっくり返るかというと、全部積極的に見せて、プロトコル、手順を見せて、どうぞ再現なさってくださいと、興味持ってくださいね、再現してくださったら、わたしがほんとうの功労者だということが裏表合わせて確定するんで、プロトコルは言われなくてもどんどん出すんですよ。だから画像もプロトコルもひょっとしたら法廷に出すって話かもしれないけど、それは法廷に出したら逆に、それ証拠物だから、開示出来なくなるおそれもあるんで、法廷に出すんじゃなくて、当然、今回の記者会見は画像とプロトコルを出すための会見だとぼくは理解してたのに、百の言葉はあるのに一の画像も一のノートも一のプロトコルもない。だから最悪の場合はそれが虚偽であることも想定はしなきゃいけないです。
なぜかと言うと、これは、メディア対小保方さんの問題じゃなくて、じつは理化学研究所はわたしたちの国費で運営している国立の研究所ですから、これは政府としても取り組まなきゃいけない。そして今、理化学研究所のこの間の会見が映っていますが、このノーベル賞をお取りになった野依さんを含めていい加減な調査だったことが今回わかりましたね?で、というのは、ノートが2冊しかないからねつ造だと仰いましたよね?理化学研究所は。(岡安アナ:最終報告書という形で出しましたね。)しかし、今回小保方さんが仰ったことによればですよ、他にノートはあると。じゃあ理研は2冊しかノートなかった時に、ああ、そうですかって言って、2冊だけノートもらって、その中身開いたらいい加減だったからねつ造ってやったんですよ。他にノートはないのかってことを言ったのか、聞いてないとしたらそんないい加減な調査はないですから、これは明らかに今日の小保方会見で得られるものが一点だけあるとしたら、これは再調査が必要だっていうことだけです。で、その時に理化学研究所はもはや信頼の名に値しないから、当然これは政府が責任をもって政府全体の責任として再調査すべきだし、その中に学者の良心として、例えば山中先生に、お忙しくても入っていただくようなことを少なくとも提案する、そういう努力をしなきゃいけないです。そこだけは、この会見でようやく、まぁ、救いがあったわけじゃないけれども、いわば前に進むための手がかりはそこにあったんじゃないでしょうか。」

1週間前に投稿

村西利恵
「内閣府は激減する人口の穴埋めとして、『毎年20万人の移民受け入れ』を計画し、2月に試算を発表しています」

青山繁晴
「はい。これ2月24日に、内閣府が、公表した計画ですから、インターネットを使って皆さんどなたでもすぐに見られますから、見ていただきたいんですが、その表紙に何と書いてあるかというと、日本の目指すべき、ごめんなさい、目指すべき日本の未来の姿についてと、大タイトルが打ってあって、その第1項目が、これなんですよ。来年からですよ、しかも。来年から毎年20万人の移民を、毎年毎年受け入れていって、95年ぐらいは、やりましょうって趣旨のことが書いてあって、そしてその内閣府の試算ないしは計画によるとですよ、このまま移民受け入れないでいると、およそ100年後の2110年ぐらいには、日本の人口が4000数百万人になってると。ね。今の1億2800万人から、4000万台に減っちゃうよと。しかし移民を受け入れたらですね、それが、およそ100年後の2110年にも、1億人をたっぷり、1億1000万人以上になるよと。だから、実質内閣府はこれを、提案してるに等しい。そして僕が調べてみたら、法務省の一部も協力してる」

岡安譲
「へえー」

青山繁晴
「つまり移民ですから、入管、入国管理に関係するから、法務省も実は協力してて、そして重大なことは、内閣府の計画のこの陰に、中国の影響力を僕は感じました。内閣府、反論があるんだったらぜひここに来て下さい。日本の官庁に、中国の手が、この『アンカー』でハワイの太平洋軍、アメリカ軍に手が入ってることは何度も言ったけど、何と日本の内閣府にも、中国の影響力が実は浸透しつつあって、安倍さんはこれに賛成してるわけじゃないけれども、しかしこういうことをなさいました。はい、出して下さい」

村西利恵
「安倍総理は今月4日、経済財政諮問会議と産業競争力会議の合同会議の中で、外国人労働者の受け入れの拡大に向けて、検討するよう指示しています」

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青山繁晴
「この合同会議で、安倍さん自身が、移民政策と誤解されないように、注意しなきゃいけないってことはおっしゃいました。おっしゃいましたが、それで済む話じゃない。なぜかというと、安倍さん自身が指示したこの話ってのは今まで外国人労働者は、高度な能力、技能を持ってる人に限ってたけど、どんどん単純労働者を受け入れていって東京オリンピックを、何とか仕上げようって話になる。これは、移民の元になるってのは誰でも考えることであり、そして最後に申せば、移民移民と言ってますが、中身はほとんど中国移民になると思われます。それは、チベット、ウイグルを自分の物にしていった中国の歴史を考えれば、ずっと中国の人々をその国の国民にしていって、中国の一部にしていったんですから、尖閣諸島の問題は単なる、むしろシンボルであって、一番重大なことは、こういうふうに起きつつあるということを、国民の裏切りを、安倍政権が犯さないように、今のうちに、安倍総理自身に、これを、例えば官邸のホームページを通じてメールなどで、ぜひぜひ訴えていただきたいと思います」

1週間前に投稿

青山繁晴
「はい。じゃあ2つめ。2つめはこの台湾なんですが、これは、そもそも、日本と、ごめんなさい、台湾と、中国が、いったん結ぼうとした、あるいは今もしてるサービス貿易協定って何かというと、そのサービスってのは医療とか、例えば運送とかですね、あるいは建築とかたくさんの、ものに、サービスっていうことは言えるんですけど、お互いに、その、サービス産業に自由に入れるってことになってて、台湾の馬英九政権の言い分によると、いや、中国の方がもっと開放してくれるんだと」

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青山繁晴
「台湾の企業が中国で、サービスビジネスやれると言ってますが、本当に台湾が心配してることのひとつはですね、例えばこれが成立しちゃうと、広告代理業に、中国の大資本がどっと入って来て、それは、まあ、例えば関西テレビも考えれば分かるけど、スポンサーは全部中国の企業が押さえていくと、台湾の自由な言論はできなくなる」

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一同
「ああー。そうですね…」

青山繁晴
「つまり、中国と統一すべきだっていう話、ドーッとメディアで流されるから、事前に阻止しようとして、大学院生たちが中心にして立ち上がったっていうことであって、えー、このニュース、日本では扱いが比較的小さかったけれども、それを中国は見てますよ? ああ日本はこういうことに感覚鈍いんだなと。それだったら、日本は一方でアメリカとTPPやってるから、中国とは、じゃあそういうサービス貿易協定みたいなのを日本ともやろうかと。日本とやった時に、広告代理店にドッと中国のチャイニーズマネーが入ってきて、日本のメディア、今まで以上に支配することが、やれるねって話になりますから、この話は本当に、視聴者からたくさん質問いただきましたけれども、視聴者の方が、目が覚めてる、メディアよりも目が覚めてるひとつの証拠だと思います。だから取り上げました。」

1週間前に投稿

青山繁晴
「はい。まず1つめは捕鯨に関するニュースで、南極海で日本が調査のためだと言って、鯨を捕まえてるけれども、どう見ても調査のためじゃない、ウソだと言ってオーストラリアに訴えられて、国際司法裁判所で、まさかの敗訴。外務省は、もうはっきり安倍総理に対しても、勝ちますと、断言してましたからね。僕もこの負けたっていうニュース聞いた時は、ほげーと言いました(一同笑)」

青山繁晴
「びっくりの結果なんですが、実は原因はものすごくはっきりしてて、あれこれあれこれ新聞でややこしいこと書いてあるけど、はっきり言って読む必要ないぐらい、物事は単純であって、こうです」

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村西利恵
「日本敗訴の真相。政府高官によると、『日本は調査捕鯨なのに、鯨肉、鯨の肉を売っている。同じIWC(国際捕鯨委員会)加盟国のノルウェーは、商業捕鯨を続けている』」

青山繁晴
「うん。これ政府高官は例によって一人しか(シルエットが)出てませんが、実際に僕が聞いたのは、総理官邸の複数の人、それから水産庁の人、農水省本省にも色々聞きましたし外務省にも聞いた。みんな、ね、あとからですけど意見一致してるのは、そりゃ調査捕鯨と言いながら、色々理屈ついてても、渋谷で、例えば、その、鯨の肉を普通レストランで食べられるっていうのは、これは付け込まれるよねと。筋は実は通ってなくはないんですよ? その、IWCの定めに従った範囲内で調査捕鯨を続けていて、そして調査といえ捕った鯨は最後まで活用しなさいってことが」

村西利恵
「はい、そうです」

青山繁晴
「むしろIWC、国際捕鯨委員会の大事なルールのひとつなんで、私たちが鯨の肉を今後も食べることに何のためらいも必要ありません。ありませんが、付け込まれる原因になったねと。同じIWC加盟国、その中枢の国のひとつのノルウェーを見たら、調査捕鯨なんてごまかさずに堂々と商業捕鯨を続けてる。つまり、先ほどの脱・敗戦国の話と根っこは全く同じであって、日本は当面のごまかし、当面きれいに見せるために、調査捕鯨ってことを言ったために、ノルウェーは今も、これからも商業捕鯨を堂々と続けられるのに、日本だけが、食物差別の、いわばターゲットになってやられてしまうってことになるんですね。で、時間はないですけどもうちょっと大事なこと言うと、新聞・テレビでウソを言ってるのは、シー・シェパードがこれで、つまり反捕鯨団体のシー・シェパードが喜んだになってますが、いや、喜んでないですよ。本当は、これで、商売のネタひとつ減りますからね。南極海で日本が活動できなくなると、商売のタネが減る、つまり商売っていうのは寄付金を集める、元が減るから、どこに…」

岡安譲
「ターゲットが向くかですよ」

青山繁晴
「向くかというと、和歌山県の、太地(たいじ)ですよ。それは太地は例えば沿岸捕鯨もなさっているし、そして鯨連想でイルカに対して、また、攻撃激しくなり、そして日本は、調査捕鯨っていうことをずっと主張して負けたりする国ですから、そういう団体にとってもやりやすい。ノルウェーなんか全然、立ち向かうから、それ船をぶつけてきたらノルウェー海軍が前面に出てくる。でも海上自衛隊出られないから、だからますます実は日本がターゲットになるっていう重大なニュースではあります」

1週間前に投稿

青山繁晴
「はい、フィランドに行きまして、例によって強行日程で帰ってきたばかりなんですけれども、その、この忙しい最中にどうしてフィンランドに行ったかというと、ま、理由2つあってですね。1つは、日本では(STAP細胞論文問題の)小保方晴子さんが注目の的だけど、もう世界ではプーチン大統領が間違いなく注目の的で」

青山繁晴
「クリミア半島を実質武力を背景にして奪い取ってしまって、しかも今、ウクライナの本体、の東の部分で、ロシアの影響力があって、大きなデモが起きたりしてる。で、もちろんそのモスクワそのものも情報集まってるんですけど、こういう時はなかなか実質戦争やってるような時は、当事国は情報出てこない」

青山繁晴
「で、フィンランドは、ロシア、ソ連と、国境接していて、何度も何度もソ連、ロシアに侵略された国で、実はロシア情報が世界で一番集まってる国なんです」

青山繁晴
「日本でほとんど知られてないですけどね。だから、今のロシア知るためには実は隣のフィンランドが、情報を○○○とするならば、とても大事な場所。だからそこに行きました。もう一点、実は日本人、僕も含めてですね、学校で教わってないからよく知らないけど、ヨーロッパで、日本と同じように戦争に負けたのはドイツだけじゃなくて、たくさんあって、このフィンランドも、日本とともに戦って、負けた、実は敗戦国なんです」

岡安譲
「第2次世界大戦で負けた国」

青山繁晴
「そうです。日本はアメリカに負けましたが、フィンランドはソ連に負けた。ところが、ソ連に占領もされてない。ずっと自由と独立を守ってきた。どうしてそれができるのかと、いうのを、いま日本がそれをやらなきゃいけない、時期だから行きました。なぜかというと、さっきのヘーゲル国防長官は頑張ったけど(コーナー前のストレートニュースで報道があった=米国防長官、中国国防相らと会談 尖閣問題などで厳しいやりとり)、オバマ大統領も違いますよと言った通り、アメリカは世界から退(ひ)こうとしてる。日本が自前でやらなきゃいけない。そのためには、キーワードは、これです(フリップ出す)」

岡安譲
「『脱・敗戦国』」

青山繁晴
「同じ敗戦国だった、フィンランドという小さな国が、なぜ脱・敗戦国を、実現できていて、なぜこの大きな強い国の日本が、70年かかってもできてないのか。それを学びたいと思って出かけてまいりました」

青山繁晴
「はい。これ、まあ、あの、日本で見るとこっちの、フランスとかですね、あの、ドイツとかフランスとか、あるいはスペインとかの地図はお馴染みだと思うんですが、ちょっと目を北に上げてもらうとですね、これ、まあ、ある意味、非常に面白い地図なんですよね。で、フィンランドは、この強烈なロシアっていう存在、そして、実は北欧の中で一番強国ってイメージもある、イメージですどね、スウェーデンに挟まれて、双方からずっと侵略されてきたわけです。で、その、侵略されてきたのに、えー、フィンランドが独立と自由を守れた。それはあとでもう一度お話ししますが、この地図だけで、とりあえず言っておきたいのはですね、これ、北欧諸国は上手に『ふり』をしてきたんですよ。冷戦の時代に。ノルウェーは、アメリカとの同盟国の国のふり。でも、ガンガンに捕鯨やってますよね。だからアメリカのことを全然聞くわけじゃない。そしてスウェーデンとデンマークとアイスランド、このあたりは、まあ、アメリカ寄りの中立国のふり。そしてフィンランドは、ソ連寄りの中立国のふりをしてきたんですね。で、これを、ノルディックバランス。スキーの種目でノルディックってありますが、要するに、北欧風のバランス、これで冷戦を乗り切ってきたんですね。ところが、それだけでは、現代はすんでなくてですね。えー、と言いますのは、ここにエストニア、ラトビア、リトアニアって、これバルト三国って言いますけど、これ、まあソ連と非常に長い戦いの歴史があって、その、今、独立してるんですね。で、独立してるんですが、この、えー、フィンランドが今、何を考えてるかというとですね、この、バルト三国よりも、自分たちが危ないと思ってるんですよ」

岡安譲
「危ない? 何に対して危ないと思ってるんですか」

青山繁晴
「つまり、ロシアがひょっとして、まさかと思うでしょうが、プーチン大統領のもとで、フィンランドにまた攻めてくると、いうのを実は心配してます。はい、出して下さい」

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村西利恵
「フィンランドで密かに懸念されているのが、新帝国主義のロシアによる、フィンランド侵攻」

青山繁晴
「はい。ここに密かにと書きましたが、僕も現地に行って、現地の人から初めて聞きました。事前に聞いてた日本での情報では、そんな話はまさかなかった。そんなの過去の話。いや、過去の話じゃない、現地に行ってみるとなぜフィンランドの人たちが、真面目に心配してるかというと、ここにちょうどクリミアが出てますけれど、クリミアはもう取りましたね。で、さっき言った通り、ウクライナのこの東半分に、またロシアが、力を行使してるというので今、心配されてる。で、実はウクライナとこのあたり(バルト三国)って、思ったより近いでしょ(一同同意)。で、近いからエストニア、ラトビア、リトアニア、これ全部ちっちゃい国ですから、どうしてるかというと、NATOに入ってるわけです。NATOっていうのは、北大西洋条約機構、つまり、NATO軍、ヨーロッパの連合軍に見えますが、実質アメリカ軍です。指揮、指揮権を持ってるのは、実質的にはアメリカ軍で、要するに米軍がここにドンといて、ヨーロッパの軍事力、ここにいるから、ここ(バルト三国)には手を出せない。そうするとロシアが広がっていこうとする、これを、新帝国主義ってちょっと嫌な言い方ですけど、まあいちおうこういう言い方はもう世界で使われ始めました。で、その新帝国主義は今後もプーチン大統領の強いリーダーシップで続くんであれば、実はフィンランドに来るんじゃないかってことを、真面目に心配してるわけですね。で、ここで私たちはもうひとつ、日本の参考にしたいのはですね、これフィンランドって国は、これ面積はちょうど日本の全土ぐらいです。日本とほぼ同じ。ところが人口は、兵庫県1県です。えー、500数十万人」

青山繁晴
「ね。で、日本を考えて下さい。僕らの祖国の日本を。この、決して小さくないんですよ、日本の領土ってだから。ね。学校では小さい小さいと教わったけど、それは中国を横で見るからなんですよ。ヨーロッパに置いてもそう小さくない。その日本には、1億2800万人の人口があって、そしてフィンランドはたった500数十万人ですね。しかし、日本の自衛隊は、今、実質、22万人です。22万しかいない。警察官でも25万しかいない。フィンランドは、表向きの兵力は、2万2000人だけど、本当は、いつでも戦える予備役っていうものを含めると、35万人兵隊がいるんですよ」

岡安譲
「日本より多いんですね」

青山繁晴
「ええ。つまり、兵庫県の人口しかないのに、ね、日本の自衛隊よりも10数万多いわけですね。それどうしてかというと、実は、国民皆兵なんです。皆兵、みな兵士。国民皆兵っていうのは、このスイスでよく知られてるけど、ほんとはフィンランドも国民皆兵であって、そして現地の人、それから日本の外交官にも会って聞いたら、自分の国は、自分たちで男も女も関係なく、だから徴兵制ですが、男も女も関係なく、自分たちの務めを果たさなきゃいけないって意識が、やっぱりずっと侵されてきたから、強烈にあって、フィンランドは平和を愛する国ですが、これに反対する人はただの一人もいないんですと、いう話を聞いたわけですね。但しこれは、日本に徴兵制入れろって話では全くありません。日本はプロフェッショナルな、軍事力が必要なんで、それは徴兵制では無理です。志願制を続けるんですが、気持ちの問題として、その、特にフィンランドは女性を活用してて、さっきの小保方晴子さんの会見見てると、全く違うなって思うんですよ。男女関係なく、一人の国民として務めを果たすって意識が、すごくある。まずそれを僕らは考えるべきだと思うんですが、その上で、フィンランド、あまり日本では知られてないけど、頑張ってる日本人もいて、そして、いつもは、ケチョンケチョンに言ってる外務省も、ちょっと味なことをしてるんですよ、フィンランドに関しては」

岡安譲
「味なこと」

青山繁晴
「何かというと、これです」

村西利恵
「青山さんが今回会われたのが、篠田研次・駐フィンランド特命全権大使。経歴がこのようになっていて、京都大学法学部から外務省入省。“ロシアン・スクール”出身。2010年、国際情報統括官を経て、2012年から現職です」

青山繁晴
「はい。これ何が面白いかというと、これ(国際情報統括官)なんです」

村西利恵
「国際情報統括官…」

青山繁晴
「国際情報統括官って全く知られてないと思いますが、その、外務省は世界中に、大使館と領事館を持ってますから、海外からの情報の量はすごいわけですよね。で、それを、何とかインテリジェンス、機密情報として生かそうというのが、さすがに日本にもあって、そのインテリジェンス、機密情報を全部ひとりで握るのがこの国際情報統括官ってものであって、例えば内調、内閣情報調査室のトップ、内閣情報官とか、あるいは警察庁の、インテリジェンス部門と一緒に、合同会議を、実は開いてる。で、その経歴で、フィンランドに来る。しかもこの篠田さんは、これ実際に会ってもこういう若さです。すっごい若い感じの人ですが、この人は、今の外務事務次官と同期なんですよ。だから僕は今回初対面だったんですが、1対1で向き合った時に、あなたは、国際情報統括官までやって、しかも次官と同期で、それでフィンランドの大使。ね。普通は飛ばされたって人事じゃないですかって、言ったら、この大使は、ムッとされまして……(一同ざわ)」

岡安譲
「…いや、そりゃそうですよ(笑。一同ざわ)よく言いましたね、青山さん」

青山繁晴
「僕はだから、そうじゃなくて、これ外務省にしては面白い人事じゃないですかと」

岡安譲
「ああ、なるほど」

青山繁晴
「つまりあなたはロシア語のプロですね? で、篠田さんのロシア語が本物だっていうのは、違うインテリジェンスの、外務省じゃないとこから僕は聞いてます。つまり、ロシアン・スクールっていうのは外務省、つまり僕たちのお金を使って研修に行った、先がモスクワなわけですけれども、そこで本当の使い手になってて、ロシア人脈もすごく多い。で、それをテコにして国際情報統括官になって、そして大使になったのは、まだこれ(2012年)ですから、要するにプーチン大統領の今回の動きを予測するように、フィンランドにこの篠田を置いとけば、ロシア情報が実は日本は取れるっていうね、これ滅多にない、よく考えた人事ですね。で、その話をあとでしたら、ムッとしてた大使が、多少顔和らいでですね、そうです、私はそのために来たんですと、はっきりおっしゃって、そして具体的には彼は、こういうことをなさってます。出して下さい」

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村西利恵
「篠田大使はロシア・サンクトペテルブルクの日系自動車工場へ、フィンランド製の部品を売り込みに行っている。これは、ロシアとフィンランドの『紛争抑止力』にもなる」

青山繁晴
「うん、これ最初はこの篠田大使と、ま、連絡取れなくて、ま、こういうのショートノーティスっていうんですけど、僕も忙しすぎてなかなか連絡取れないでいて、連絡取れない、出張中だと聞いて、もうあかんと思ったんですよ。で、そいういう時ふつうはこのフィンランドの中に入って行くんですよね、大使って。だって、それぞれの国にみんな大使いらっしゃるんですから(一同同意)。よその大使のテリトリー侵せないから。しかもまだ就任してそんなに時間経ってないから、中に入って行ったと思ったら、そうじゃなくて、ロシアに行ってたわけです。サンクトペテルブルクに。サンクトペテルブルクは、実は日本にとってものすごく大事な町で、トヨタや日産の工場があってですね、トヨタの工場がオープンした時には、ロシアのプーチン大統領がわざわざそこに行って、ロシア国内で繰り返し流されたんですよ。ところがですね、そこの、例えば、トヨタ、日産の工場に大きな問題があって、大事な部品、ロシア製使えないんですよ。ね。トヨタもホンダも日産も、アメリカに工場たくさん持ってるでしょ。かつては部品全部、日本製の部品を持って行って車を組み立てていたから、アメリカに旨みがなくて、だからアメリカは怒って日米貿易摩擦が一時期ものすごい酷くなったわけです。それが今では、アメリカの部品を使ってるから、えー、大半は。従ってアメリカの利益になるから、日米貿易摩擦がマシになった。ところがロシアの技術水準だと、ロシア製の部品使えないんですよ。大事なところは全部日本から持って行ってる。ね」

青山繁晴
「それだけじゃすまないからこの大使が考えたのは、じゃあフィンランド製の部品を持っていって、ロシアがつくるトヨタの、日産の車を、中身はフィンランドの製品にしたら、そもそもロシアが、フィンランドに攻め込むようなことも、なくなる、助けになるし、そして日本とロシアとフィンランドの関係がすごく強くなって、しかもフィンランドは、隠れた親日国です。つまり、日露戦争があった時に、ね、もう100年以上前の話ですけど、日露戦争があった時に、フィン人、フィンランドの人々はびっくりしたそうです。ジパングっていう聞いたことも見たこともない国が、自分たちをずっと侵して、教会までつくってしまったロシアを、打ち破ったと。しかもここから出て行ったバルチック艦隊を、連合艦隊なるものが打ち破ったと。日本すごいな、大好き、もう日本人は本当にヘルシンキに行くと、めちゃめちゃに、男女問わずもてます」

青山繁晴
「この人が自分で考えて行ったことであって、僕はその点も、それ大使言われるのはあんまりよくないみたいですが、つまり本省の指示で動いてないから。でもそういう外交官がこういう、その、日本でよく知られてないとこにいらっしゃるっていうのは、僕はすごいことだと思います。そしてこの大使との議論も通じて、あるいは現地の人々との議論も通じて、大事なことが分かりました。どうして敗戦国なのに、日本とフィンランドはこんなに運命が変わったのか。はい、出して下さい」


村西利恵
「日本がフィンランドから学ぶこと。『脱・敗戦国』のために…」

青山繁晴
「まず1つめは、これ、日本では実は僕はいくら調べても、出てこなかったことです。現地に行って初めて聞いて、あ、こんな大事なことが僕も含めて、日本人は知らないんだなと思ったんですが、それはこれです」

140409-12tokyo.jpg

村西利恵
「フィンランドは『東京裁判』をやらなかった」

青山繁晴
「はい。この東京裁判というものが敗戦後の日本を、70年近くに渡ってずっと縛ってるのはご存知の通りですね。裁判やる前にはなかった罪まで、裁判の時に急に作られて、こういうのを事後裁判といって絶対やっちゃいけないこと、それを堂々とやられてしまって、そしてA級B級C級って変な名前を付けられた戦犯が生まれて、それが今の靖國問題にもずーっとつながってしまってるんですよね(一同同意)」

村西利恵
「はい、そうです」

青山繁晴
「ところがフィンランドは、つまりアメリカ、いや、日本はアメリカに負けました。連合国って言ってるけど実質的に負けたのはアメリカに負けた。そしてフィンランドも連合国に負けたけど、実質的には、ソ連に負けた。負けたソ連の目の前で何やったかというと、東京裁判やらずに、自分でやったんですよ」

一同
「はあー」

青山繁晴
「つまり、フィンランドの法律だけに基づいて、裁判官は全員フィンランド人。そして自らの大統領や首相に、懲役刑を科して、東京裁判じゃなくて、あるいはドイツのニュルンベルグ裁判じゃなくて、自分で、戦争責任を全部処理したから、さすがのソ連も手を出すことができなくて、そしてソ連に占領もされなくて、だから何ができたかというと2番です」

140409-13kenpou.jpg

村西利恵
「自らの憲法を守った」

青山繁晴
「はい。これ見ていただくと、ちょっと歴史の話ですけど、1917年にロシア革命っていうのが起きましたね。その混乱を利用してフィンランドは独立をいったん果たした。フィンランド共和国。そして憲法を作りました。すぐに憲法を作った。1919年ですよ。それをずーーーっと守り通して、ソ連がこけるのを待って待って待ってずーっと耐えて、自分の憲法を守り続けて91年についにソ連が崩壊しました。ソ連が崩壊したら、ね、さあそれを利用して、ああ、ほうかい、じゃなくて、それを見た瞬間にですね、今すべりましたが(一同笑)、4年後に」

村西利恵
「まさかのところでダジャレが(笑)」

青山繁晴
「フィンランドがEUに加盟して、今までソ連と仲良くしてたのは見せかけで、本当は西ヨーロッパ側なんですってことをはっきりさせて、そのあとに初めての憲法改正をやったんです」

一同
「なるほど…、はあー」

青山繁晴
「つまり、東京裁判はすでに行われたので、それなかったことにはできません。なかったことにしろっていう一部の意見には僕は反対ですけれども、しかし東京裁判ということが、実は、敗戦国だからといってやらなきゃいけないことではなかったと、いうことに立ち返るためにも、私たち普通の国民が観光ついででいいですからフィンランドに行って、色んな人と話するのが大事だと思います。」

1週間前に投稿
 暴力団排除条例は、現在の裏社会に多大な影響を及ぼしている。条例の施行により、暴力団を辞めたものは多い。しかし、そのまま地下に潜り、偽装組員として息を潜めているものも多くいるのが事実だ。この条例を受けて暴力団組織を解散させたが、実際には暴力を背景とした事業を行う偽装した組織も存在している。
 そのなかの一つに例えば新聞の拡張、いわゆる「拡張団」という集団がある。新聞の販売部数の増加に伴い、配達や集金業務を兼ねた新規勧誘が困難となったことから生まれた集団で、これが各地の新聞販売店を渡り歩くフリーの拡張団として発展していった。拡張団で働くものは拡張員、拡張員をまとめる代表は団長と呼ばれている。
 ある拡張団の団長に接触することができた。彼は暴排条例によって暴力団を解散したが、実際には新聞拡張団に姿を変え組織を続けている。拡張団になるためには審査が必要だか、それは簡単なものだったという。
「拡張団の人数、事務所の住所、団長の本籍地などの書類を新聞社に提出すれば、3ヶ月ほどで難なく審査が下りる。あとは新聞社と正式に契約するだけだよ」
 暴排条例が施行される以前から、新聞拡張団とヤクザは密接な関係にあったようだ。
「新聞の勧誘というのも、ヤクザの縄張りが関係してくるんだよ。ヤクザには住宅街だろうと道路、路地ごとに縄張りがある。強引な勧誘で新規の契約を迫るというのは悪どい商売だと見なされているわけだ。だが、新聞の勧誘は新聞社との委託契約になっている。委託されて新規開拓する地区に入って、地元の販売店から金をもらうという仕組みになっている」(前出・新聞拡張団の団長)
 拡張団に集まってくるのは、ヤクザやリストラに遭った中高年、借金を抱えた人、スポーツ新聞の3行広告に騙された人が中心だ。借金持ちの場合は団長が立て替えて経済的に面倒を見るケースもある。だが、仕事は過酷なので逃げ出す者は後を絶たない。そんな彼らを追い込んだり、他の拡張団に逃げ込んだ拡張員を探すのも、元ヤクザという経歴を持つこの団長の役割なのだ。
「拡張員には、新聞の3ヶ月契約を1件取ると3000円、6ヵ月で5000円、1年で7000円という歩合が付く。日当は日払い分として半額出して、残りは積立金として天引きする。腕のいい奴で月に40~50万はいくが、そういうのは珍しい。拡張団にとっての旨みは、積立金を大量に残して逃げていく人間だな。そういうやつはほとんど前借りしてるから、金利を含めて清算するようにしている」(前出・新聞拡張団の団長)
 さらに拡張員の住まいや食費は日当から徴収する。新聞勧誘時に使う景品や洗剤、トイレットペーパー、レジャー施設の無料チケットなども拡張員の稼ぎから天引きされる。ここまで読み進めて気付かれた方もいるだろうが、拡張団とは弱者を過酷な条件で働かせて搾取する「貧困ビジネス」と同じ構図を持っているのだ。
 さらに拡張団(正確には末端の拡張員)には、「ペナルティ」も課せられるという。ペナルティとは、販売店が不良カードと呼んでいるもので、新聞の契約が取れたことで拡張団に一度支払った報奨金を、何らかの理由によって返済請求されるもの。例えば拡張員が新聞の新規契約を取ったとしても、家主がその後に転居やクーリングオフによる解約や死亡、または販売店などが起こす新聞不着などのミスによる解約で契約が全うできない場合は、すべてその責任は拡張団に回って来る。これは毎月必ずあるものだ。
 こんな理不尽な条件でも、拡張団は儲かるようだ。そのツケは拡張員に背負わされるからに他ならない。
「基本的に団はピンハネ商売だからな。儲からなかったらやるわけないだろ。世間から文句言われる筋合いはない。不満があるなら、新聞社に言ってくれよ。こんなシステムを作ったのは新聞社なんだから」(前出・新聞拡張団の団長)
 拡張団を使って部数を増加・維持し、「国民の知る権利に答える」「公共性」などといったフレーズを盾にして利権(再販制など)にしがみ付く新聞社は、このような問題に過去も今現在も全く触れることはない。日本が誇る新聞の宅配制度は、こんなブラックな集団に支えられているのだ。
1週間前に投稿

 帝政ロシアの圧迫下で苦しんでいたポーランド人が、日露戦争(1904~05年)における日本の勝利に喜んだのは言うまでもないが、それだけではない。ロシアの支配下にあったポーランドから召集され、日本の捕虜となった将兵は数千人とされるが、彼らポーランド将兵は日本で厚遇され、皆、大の親日家となって帰国したのだった。

 ロシア革命(17年)後、祖国の独立のために挙兵したシベリアのポーランド人部隊は、反革命派のコルチャック軍とともに戦ったが、勇戦奮闘も虚しく敗北。2000人近いポーランド兵は、武装解除されてウラジオストクに追い詰められた。この絶体絶命ともいえる窮地を救ったのも日本だった。日本軍はこの部隊を救済し、祖国へ送り届けている。

 20~22年にかけて、シベリアに送られたポーランド人の政治犯や難民の孤児たち765人を、日本が救済する出来事があった。陸軍、日赤を始め、官民をあげて、孤児たちは至れり尽くせりの看護と厚遇を受け、米国もしくは英国経由で本国に送り返された。この事件はポーランド人をさらに親日化させた。

こういった日本の好意にポーランドも応えてくれた。第1次世界大戦(14年~18年)後、独立を回復したポーランドは、日本に対して、情報戦に不可欠の暗号化技術の基礎とソ連情報を提供してくれたのである。ポーランドのおかげで日本の暗号化技術は国際水準に達したといわれている。ドイツのポーランド侵攻(39年)後も、日本はポーランドの地下抵抗組織と協力関係にあり、日本は貴重な独ソ情報を得ていた。

 また、阪神淡路大震災後、95年と96年の夏休みには、被災児童計60人をポーランドに無償で招待してくれた。被災児童の中から、孤児たちが優先して選ばれたというが、彼らはポーランドでシベリア孤児4人の生存者と面会している。4人は被災児たちを励まし、日本人に恩返しできたことを大いに喜んだという。

 労働運動「連帯」を議長として率いてソ連の圧政から祖国を解放し、後に大統領となったワレサ氏は「ポーランドを第2の日本に!」と叫んだ。日本がこの期待に十分に応えられなかったことが残念だ。それでも、ポーランドの日本への親愛感は衰えていない

1週間前に投稿

ポーランドはとっても親日的な国です。
なぜでしょうか。

実はポーランドは、平成7(1995)年1月の阪神・淡路大震災の翌年、震災で親を亡くした日本の子供たち30名を、ポーランドに招待してくれています。
それも、3週間という長い期間です。
招待された子供達は、ポーランド各地で大歓待を受けました。

この招待旅行のとき、世話をした一人のポーランド夫人が語ったところでは、一人の日本人少年が、片時もリュックを背から離さないでいたのだそうです。
夫人が少年に理由を聞くと、震災で一瞬のうちに親も兄弟も亡くした、家も丸焼けになってしまったのだといいます。少年は、焼け跡から見つかった家族の遺品をリュックにつめたのです。
そしてそのリュックを、片時も手放なそうとしませんでした。
夫人は、不憫で涙が止まらなかったそうです。

ポーランドでの歓待の最終日、震災孤児が帰国するお別れパーティに、4名のポーランドの老人がやってきました。
4人とも、かつてシベリア孤児だった方です。
すでにご高齢で、歩行もままならない。

しかし彼女たちは、次のようにおっしゃられました。
「75年前の自分たちを思い出させる可哀想な日本の子どもたちがポーランドに来たからには、是非、彼らにシベリア孤児救済の話を聞かせたい」

4名の元シベリア孤児の老婆たちは、涙ながらに薔薇の花を、震災孤児一人一人に手渡しました。
会場は万雷の拍手に包まれました。

75年前・・・なにがあったのでしょうか。

ポーランド孤児1


その昔、ポーランドは、帝政ロシアの支配下におかれました。
これに対抗し、あくまで祖国ポーランドの独立を図ろうとするポーランドの愛国者たちは、シベリアに強制的に流刑となりました。
そうです。何もかも凍る凍土のシベリアは、ソ連の流刑地だったのです。

大正8(1919)年、ポーランドは、ロシアから独立しました。
このとき、ロシアは革命、反革命勢力が争う内戦状態にありました。
極東地域には政治犯の家族や、混乱を逃れて東に逃避した難民を含めて、十数万人のポーランド人がいたのです。

そのポーランド人たちは、飢餓と疫病の中で、苦しい生活を送っていました。
もともと、帝政ロシアの圧政下で、祖国の独立を果たそうと運動していた愛国者たちです。
たいへんに知的レベルも高い。
けれど、凍土と滞る食料配給の前に、多くの愛国識者たちが、病や飢えに倒れてしまったのです。

問題は、その愛国識者たちの子供達です。
親を失った子供たちは、より一層、悲惨な状態に置かれてしまいました。

「せめて、せめてこの子供達だけでも生きて祖国に送り届けたい」
大正8(1919)年9月、ウラジオストク在住のポーランド人たちは、「ポーランド救済委員会」を組織し、子供達をなんとかして祖国に送り返そうとします。
けれど、全員が流刑者なのです。
お金がない。
会員を募り、資金をカンパするけれど、子供達を飢えから救い、祖国に送り返すだけの資金がないのです。

翌、大正9(1920)年の春になると、ポーランドとロシアとの間に戦争が始まります。
孤児たちをシベリア鉄道で送り返すことは、これで完全に不可能となってしまいます。

そこでポーランド救済委員会のメンバーは、欧米諸国に、子供達を救いたいと援助を求めます。
けれど、ポーランドの孤児たちを支援することは、大国ロシアを敵に回すことになる。
ロシアとの紛争を避けたい欧州の諸国は、ことごとく救済委員会の申し出をしりぞけます。
シベリアにいるポーランドの孤児たちは、ヨーロッパ中の国々から、見捨てられてしまったのです。

救済委員会のメンバーは、窮余の一策として、日本政府に援助を要請しました。
救済委員会会長のビエルキエヴィッチ女史は、満州にいた日本軍の協力を得て、大正9(1920)年6月に来日します。
そして外務省を訪れ、シベリア孤児の惨状を訴え、援助を懇請しました。

この頃の日本は、独立間もないポーランドとは、まだ外交官の交換もしていない状態です。
外交官の交換をしていないということは、国家として未承認ということで、そんな未承認国家の、流刑者の子供達に支援の手を差し伸べるなど、普通ならありえないことです。

しかし女史の嘆願は、外務省を通じて日本赤十字社にもたらされ、わずか17日後には、日赤はシベリア孤児の救済事業を行なうことを決定したのです。

日赤の救済活動は、シベリア出兵中の帝国陸軍の支援を得て、決定からわずか2週間後には動き出しました。
その日、56名の孤児第一陣が、ウラジオストクを発って、敦賀経由で東京に到着したのです。

それから、翌、大正10(1921)年7月までに、都合5回にわけて、ポーランド孤児375名が来日しました。
さらに大正11(1922)年夏には、第2次救済事業として3回にわけ、390名の孤児が来日しました。

合計765名のポーランド孤児たちは、日本で病気の治療や静養をした後、第一陣はアメリカ経由で、第2陣は日本船により直接に、祖国ポーランドに送り返されました。

この孤児たちの来日にあたっては、「習慣や言葉が違う孤児たちを世話するには、ポーランド人の付添人をつけのがよい」ということから、日赤は孤児10名に1人の割合で、合計65人のポーランド人の大人を一緒に日本に招くという手厚い配慮までしています。

ポーランド孤児2


日本に到着したポーランド孤児たちの回想です。
~~~~~~~
ウラジオストックから敦賀に到着すると、衣服はすべて熱湯消毒されました。
そのあと、支給された浴衣の袖に、飴や菓子類をたっぷ入れてもらいました。
とっても感激しました。

特別に痩せていた女の子は、日本人のお医者さんが心配して、毎日一錠飲むようにと特別に栄養剤をくれました。
その栄養剤が大変おいしかったので、一晩で仲間に全部食べられてしまって悔しかったです。
~~~~~~~~

到着したポーランド孤児たちは、日本国民の多大な関心と同情を集めました。
この孤児たちのためにと、日本では、無料で歯科治療や理髪を申し出る人たちもいました。
学生の音楽隊も、慰問に来てくれました。
仏教婦人会や慈善協会は、子供達を慰安会に招待してくれました。

他にも個人で慰問品を持ち寄る人々、寄贈金を申し出る人々が後をたちませんでした。

ある日のことです。
腸チフスにかかっていた子供を、ある日本人の若い看護婦さんが、必死に看病してくれました。
けれどその看護婦さんは、チフスが伝染し、殉職してしまったのです。

そんな事件があったのだけれど、人々の好意は、それでも尚、あとをたちませんでした。

大正10(1921)年4月6日には、赤十字活動を熱心に後援されてきた貞明皇后陛下(大正天皇のお后)も、日赤本社病院で孤児たちを親しく接見されました。
皇后陛下は、可憐な3歳の女の子のギエノヴェファ・ボグダノヴィッチをお傍に召され、その頭を幾度も撫でながら、健やかに育つように、とおっしゃられました。

こうして、日本の手厚い保護により、到着時には顔面蒼白で見るも哀れに痩せこけていたシベリア孤児たちは、急速に元気を取り戻しました。

日本出発前には各自に洋服が新調されました。
さらに航海中の寒さも考慮されて、全員に毛糸のチョッキが支給されました。
さらに多くの人々が、子供達に衣類やおもちゃの贈り物をしてくれました。

横浜港から祖国へ向けて出発する際、幼い孤児たちは、親身になって世話をした日本人の保母さんとの別れを悲しみ、乗船することを泣いて嫌がったといいます。

埠頭の孤児たちは、「アリガトウ」を繰り返し、泣きながら「君が代」を斉唱し、幼い感謝の気持ちを表しました。

神戸港からの出発では、児童一人ひとりにバナナと記念の菓子が配られ、大勢の見送人たちは、子供たちの幸せを祈りながら、涙ながらに船が見えなくなるまで手を振っています。


子どもたちを故国に送り届けた日本船の船長は、毎晩、ベッドを見て回り、1人ひとり毛布を首まで掛けては、子供たちの頭を撫で、熱が出ていないかどうかを確かめていたそうです。
その手の温かさが忘れられない、と一人の孤児が回想しています。

こうして祖国に戻った孤児たちの中に「イエジ・ストシャウコフスキ」という少年がいました。
彼は、17歳の青年となった昭和3(1928)年、シベリア孤児の組織「極東青年会」を組織し、自ら会長に就任します。
彼の会は順調に拡大発展し、国内9都市に支部が設けられ1930年代後半の最盛期には、極東青年会の会員数は640名を数えます。

昭和14(1939)年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻の報に接すると、イエジ青年は、極東青年会幹部を緊急招集し、レジスタンス運動参加を決定しました。
彼の組織には、シベリア孤児のほか、彼らが面倒を見てきた孤児たち、さらには今回の戦禍で親を失った戦災孤児たちが参加し、やがて1万数千名を数える巨大レジスタンス組織になります。

彼は、ワルシャワを拠点として地下活動を展開したのですが、当然、これにナチスドイツが目をつけます。
ある日、イエジが隠れみのとして使っていた孤児院に、多数のドイツ兵が押し入ってきて強制捜査を始めたのです。

このとき、急報を受けて駆けつけたのが日本大使館の書記官でした。
日本人書記官は、武装したナチスの兵士たちを前に、「この孤児院は日本帝国大使館が保護している」と強調しました。
そして、孤児院院長を兼ねていたイエジ青年に向かって、
「君たちこのドイツ人たちに、日本の歌を聞かせてやってくれないか」と言います。

イエジたちは、日本語で「君が代」や「愛国行進曲」などを大合唱した。
ドイツ兵たちは呆気にとられ、
「大変失礼しました」といって直ちに引き上げ、イエジ青年たちは一命をとりとめています。

当時、日本とドイツは三国同盟下にあり、ナチスといえども日本大使館には一目も二目も置かざるを得ない。
日本大使館は、この三国同盟を最大限に活用して、イエジ青年たちを幾度となく庇護したのです。


平成7(1995)年10月、ポーランド大使を務めていた兵藤長雄氏は、阪神淡路大震災の日本人孤児たちの前に、8名の元ポーランド孤児だった老婆を公邸に招待しました。
全員が80歳以上のご高齢です。
一人のご婦人は体の衰弱が激しく、お孫さんに付き添われてやっとのことで公邸にたどりつきました。

そのご婦人のお話です。
~~~~~~~~~
私は生きている間にもう一度日本に行くことが生涯の夢でした。
そして日本の方々に直接お礼を言いたかった。
しかしもうそれは叶えられません。

だけど大使から公邸にお招きいただいたと聞いたとき、這ってでも、這ってでも伺いたいと思いました。
なぜって、ここは小さな日本の領土だって聞いたからです。

今日、日本の方に私の長年の感謝の気持ちをお伝えできれば、もう思い残すことはありません。
~~~~~~~~~

老婆たちは70年以上昔の日本での出来事を、細かなところまでよく覚えておいででした。
別の一人の老婆は、日本の絵はがきを貼ったアルバムと、見知らぬ日本人から送られた扇を、いまでも肌身離さずに持っていると、みんなに見せてくれました。

同様に日本を離れる際に送られた布でできた帽子、聖母マリア像の描かれたお守り札など、それぞれが大切な宝物として、いまも大切にたいせつに持っているものを、互いに見せあいました。

ポーランド極東委員会の当時の副会長ヤクブケヴィッチ氏は、「ポーランド国民の感激、われらは日本の恩を忘れない」と題した礼状の中で次のように述べています。
~~~~~~~~~~
日本人はわがポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。
日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。
しかも、わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれた以上、われわれポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはない。

われわれの児童たちをしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本人の子供が、孤児たちの服装の惨めなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与えようとしたり、髪に結ったリボン、櫛、飾り帯、さては指輪までもとってポーランドの子供たちに与えようとした。
こんなことは一度や二度ではない。しばしばあった。・・・

ポーランド国民もまた高尚な国民であるが故に、われわれは何時までも恩を忘れない国民であることを日本人に告げたい。
日本人がポーランドの児童のために尽くしてくれたことは、ポーランドはもとより米国でも広く知られている。

ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も温かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい。
~~~~~~~~~

平成11(1999)年8月、ポーランドから「ジェチ・プオツク少年少女舞踊合唱団」が来日しました。
合唱団はヘンリク・サドスキさん(88)からの次のようなメッセージを携えてきました。

~~~~~~~~~
20世紀の初め、孤児が日本政府によって救われました。
シベリアにいたポーランドの子供は、さまざまな劣悪な条件にありました。
その恐ろしいところから日本に連れて行き、その後、祖国に送り届けてくれました。

親切にしてくれたことを忘れません。
(合唱団は)私たちの感謝に満ちた思いを運んでくれるでしょう。
日本のみなさん、ありがとう。
~~~~~~~~~

さんざん日本に世話になっていながら、日本人が復員を始めた終戦時、日本人から略奪・殺人・強姦をほしいままにしておいて、それを抗日戦線だったなどとうそぶく特ア人の心。

日本の恩を忘れず、いまも互いの良心を大切にするポーランドの人々の心。

私たち日本人は、これから先、どちらの心を持った日本人になろうとしているのでしょうか。

1週間前に投稿
中国は、一回だけ五島列島か沖縄の南を原潜でつっ切ったな。
その領海侵犯では海自を大激怒させて、音響爆弾やら爆雷を
わざとギリギリにこれ見よがしに投下したそうだ。

「てめえらの、ソ連製の中古原潜なんざいつでも海のモズクにするぞ!」
という警告を込めてね。  

だいたい、海南島を出撃(潜行)した瞬間に追尾を開始できるんだから、日本の海底探知網はw。

526 名前:名無しさん@13周年@転載禁止[] 投稿日:2014/03/21(金) 00:25:41.16 ID:EPF1CuTq0 [1/4]
»515 
大東亜戦争でアメリカの潜水艦にボコボコにされたから
海自(=帝國海軍)は、潜水艦?死ねばいいのにの対潜能力特化になってるからなぁw

532 名前:名無しさん@13周年@転載禁止[] 投稿日:2014/03/21(金) 00:31:38.19 ID:rkYjzlP70 [2/2]
»526
米軍にも隠し通したのに、民主が全部韓国に漏洩しちまった。
ご存知、韓国は中国の狗に成り下がっているのでまさに「筒抜け」で
日本の三軍の機密が全部漏れた。 民主党員を罪に問えないのが歯がゆい。
1週間前に投稿

★中国人の無法朝市・大阪府警が10年間放置で抗議殺到
http://news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1153743184/

10 名前:総裁[] 投稿日:2006/07/24(月) 21:18:41 ID:zVWtz4Bc0

  この大阪府警関係のスレッド、どこの板でも絶対にウイルスコード張られるんだけどなぜ?
  隠蔽工作?


194 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2006/07/25(火) 01:40:48 ID:LG8iWDK90
  »10 ウィルスコードはっつけたスレはグーグルキャッシュに残らないからね。いい証拠隠滅でしょ。
  数年すれば大体の人は忘れてくれるし。(大阪以外の出来事だったらね)


150 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2006/07/25(火) 04:28:31 ID:a7QhSNvn0
  ウィルスコードってスレ見てる人への嫌がらせだと思ってたけど
  こういう効果を狙っているのか・・・豆知識、豆知識

1週間前に投稿
まず学ぶべき事は「何故ドイツが極端な反ユダヤ主義に走ったか?」だな。

戦前のヨーロッパで一番ユダヤ人に寛容だったのはドイツだったんだよね。
分け隔てなくユダヤ人を受け入れたので、彼らにとっては居心地良かった。

だが、ユダヤ人達は「自分たちが居候である」という事を忘れて
社会主義者たちと結託してドイツ人を攻撃し始めた。

これがナチス台頭の土台となる。

まず、この辺から学んで欲しいものだ。